製造業ブログ

公開日:2026.5.26

地方の小さな印刷工場が、従業員10人で『攻守一体のDX』と『社会共生エコシステム』を形にするまでの軌跡【第1回】:【危機からの脱却】ひとり情シスの限界と「時間付加価値」との出会い

全国の中小製造業の経営者の皆様、はじめまして。岡山県瀬戸内市で事務用印刷や活版印刷などの特殊印刷を中心に、印刷業を営んでいる藤井聡と申します。
このnoteでは、従業員10人ほどの地方の小さな印刷会社である私たちが、いかにしてクラウド環境での「統合基幹システム」や「AIを使った経営の仕組み」を開発し、全国のお客様からお仕事をいただけるようになったのか。その道のりを、全5回にわたってお話ししていきたいと思っています。

世の中には華やかな「DX成功事例」が溢れていますが、私たちの始まりは決してスマートなものではありませんでした。そこにあったのは、多種多様な業務に忙殺される中小企業の経営のなかで「なんとかして従業員の待遇を良くしたい」という焦り、そして数々の試行錯誤です。

第1回となる今回は、私がかつて自作した基幹システムで行き詰まり、「社長がすべてを抱え込む経営」の限界に直面した時のエピソードから始めたいと思います。

「社長、サーバーが止まりました!」からの絶望


今から遡ること数年前の私は、まさに社内の「何でも屋」でした。
朝は経理や生産管理の業務をこなし、昼からはバンを運転して営業と配達に回り、夕方帰社してからはひたすら受注処理に追われる日々。そして、少しの隙間時間や夕方の業務がすべて終わった後に、社内システムの構築やメンテナンスを行う「ひとり情シス(社内SE)」へと変身していました。従業員を守り、会社を存続させるためには、自分が誰よりも動かなければならないと固く信じていたのです。
当時は社内にオンプレミス(自社設置型)のサーバーを置いて運用していました。ある日、バンで外回りの営業中で重要な商談に向かっている最中に、社内から一本の電話が鳴りました。
「社長!サーバーが止まりました!業務ができません!」
従業員の焦った声に、私の心臓は跳ね上がりました。システムが止まれば、受注処理も製造の手配もすべてストップしてしまいます。私はお客様への訪問を平謝りして急遽リスケジュールし、冷や汗をかきながら急いで会社へと車を飛ばしました。頭の中では「ハードディスクのクラッシュか?」「データの復旧に何日かかるだろうか?」と最悪のシナリオばかりが渦巻いていました。
会社に飛び込み、息を切らしてサーバーを確認し、ネットワークを調べ……そこで私が目にしたのは、信じられない光景でした。

サーバーの致命的な故障などではなく、処理が完了する前に誰かが「出力ボタン」を連打したことでプリントジョブが滞留し、システムを動かすスクリプトが止まっていただけだったのです。

プリンターのジョブを削除すればすぐに直る、PCの基本操作さえわかっていれば誰でも解決できる内容でした。安堵と同時に、どっと深い疲労感が押し寄せてきました。「どうしてこんな簡単なことすら、誰も解決できないのか」。

しかし、苛立ちの直後に深く反省しました。それは決して従業員のせいではありません。私が業務を抱え込みすぎた結果、社内に「わからないことは、すべて社長に任せればいい」という完全な依存体質を、私自身が作り出してしまっていたのです。
さらに、オンプレミスでのサーバー運用は、物理的なトラブルの恐怖だけでなく、OSやソフトウェアのバージョンアップのたびに起こる不具合との戦いでもありました。常に最新バージョンを維持するにはコストも手間もかかり、10名規模の会社にとっては財務的にも社長の精神的にも、完全に限界を迎えていました。

8年前に作った旧システムの限界。原価が不透明では社員を幸せにできない


実は、私は今から8年ほど前に「会社を良くしたい」と一念発起し、FileMakerを使って自前で基幹システムを開発し、オンプレミスで運用を始めていました。当時は夜な夜な独学でデータベースを学び、社外の開発者さんと二人三脚で開発したシステムは、業務のデジタル化という点では一定の成果を上げていたのです。

しかし、年数が経ち、会社をさらに成長させようとした時、自分が作ったシステムに経営の根幹を揺るがす「致命的な欠陥」があることに気づきました。
それは「管理会計としての正確な数字が取れない」ということでした。
8年前の私には、管理会計の専門的な知識がありませんでした。そのため、システムには「会計仕訳」という概念が根底から抜け落ちていたのです。
入力した業務データを、無理やり会計仕訳のように見せかけてエクスポートしている状態でした。さらに「経費」の概念も組み込んでいなかったため、システム上でレポートとして管理できるのは「売上」と「入金」のみでした。
製造業にとって命とも言える「原価」に至っては、大まかな推測に頼らざるを得ない状態でした。
正確にどの材料を、どの単価で使って原価とするかまでの精緻な紐付けができず、当然ながら在庫との連動も不可能な設計になっていたのです。

経営者にとって、システムを入れる最大の目的は単なる業務効率化ではありません。「利益を正確に把握し、それを従業員に還元して待遇を向上させること」です。
しかし、仕訳も経費も原価も実態が不透明なシステムでは、利益が本当に出ているのかどうかすら正確にはわかりません。これでは、胸を張って従業員の給与を上げるための盤石なベースメント(基盤)には到底なり得なかったのです。

稲盛和夫氏の教えと「時間付加価値」という衝撃の出会い


「どうすれば、従業員が納得し、自発的に給与を上げていけるような管理会計の仕組みが作れるのだろうか」
深い悩みを抱えていた私は、ある運命的なご縁に導かれます。岡山で開催されていた、稲盛和夫氏の経営勉強会に参加した時のことです。そこで、桑名から発表に来られた株式会社アサプリの松岡社長とお会いする機会に恵まれました。
松岡社長から直接学ばせていただいた経営手法は、私にとって雷に打たれたような衝撃でした。それが「時間付加価値」を基準にした考え方です。
時間付加価値とは、単なる「売上」ではなく、粗利からさらに外部流出費用を引いた「純粋な付加価値」を、それに費やした「時間」で割ったもの、つまり生産性です。
この考え方の本当に素晴らしいところは、経営の数字と従業員の給与(幸せ)が、ひとつの計算式で明確に繋がる点にありました。
「時間付加価値 × 労働分配率 = おおよその額面時給」
この方程式を見た瞬間、目の前の霧がパッと晴れました。
これまで「もっと頑張って利益を出そう」という経営者目線の精神論でしか語れなかったものが、「社員の時給を〇〇円上げるためには、時間付加価値をあと〇〇円上げればいい」という、現場の誰もが理解できる具体的でロジカルな目標に変わったのです。
この学びにより、部門ごとの時間付加価値を「目標の金額」で割り戻し、「目標時間」と「見積時間」に分けて管理する手法の目処が立ちました。これなら、製造部門やクリエイティブ部門など、これまで数値化が難しかった現場にも「時間目標管理」を明確に適用できます。

私は決意しました。8年前に作った不完全なオンプレミスのシステムを刷新し、「クラウドサーバー上にFileMaker Serverを立てて運用できる、オールインワンの中小製造業向け基幹システム」として全面リニューアルしようと。

FileMakerというプラットフォーム自体の柔軟性は素晴らしいものです。あとは、そこに正しい管理会計のロジックとクラウドの利便性を組み込めば、必ず中小企業を救うシステムになるはずだと確信しました。

すべてのDXを経た現在の私たち。「みんなのシステム」への到達


明確なビジョンを手に入れ、システムを全面リニューアルする決断をしたあの日から数年。
ここで少し時計の針を進めて、数々の困難を乗り越え、すべての取り組みが一つの形となった「現在の私たちの姿」をお話しさせてください。
クラウド環境で生まれ変わった統合基幹システム、そして後に開発する「AIコンテンツファクトリー」が社内に完全に浸透した現在、従業員の意識は劇的に変わりました。
「わからないことは社長へ」というかつての依存体質は影を潜め、従業員自らがシステム上で経費申請を行い、締めの数値を管理し、さらにはWEBでの営業活動やコンテンツ制作までを担うようになっています。

現在、私たちの会社は10名という少人数ながら、「DX分野」「活版印刷など特殊印刷分野」「ノートなど文具開発分野」という3つのプロジェクトチーム(各3名)に分かれて機能しています。営業、製造、クリエイティブといった職種の垣根はすでになく、社員が分け隔てなくコンテンツの企画から情報発信までを「自分ごと」として進める、自律的な組織へと生まれ変わりました。

かつて、プリントジョブの滞留で営業先から呼び戻されていた「ひとり情シスの社長」は、もうここにはいません。

次回予告:立ちはだかる壁と、長野の凄腕開発者との出会い


現在の私たちは、システムと経営哲学が融合し、社員全員が主役となる環境を手に入れました。
しかし、当時の私はまだ、この長く険しい道の登り口に立ったばかりでした。
「時間付加価値をベースにした、オールインワンのクラウドシステム」という理想を思い描いたものの、日々の業務に追われる地方の小さな印刷会社が、自社だけで高度なシステムリニューアルを完遂するのは至難の業です。このビジョンを現実のものへと昇華させるためには、強力な開発パートナーの存在が不可欠でした。

次回(第2回)は、途方に暮れていた私が長野で出会った「ある凄腕の開発者」とのエピソードをお話しします。
現場の痛みを誰よりも知る元・生産管理マンの彼。実は彼もまた、社内でFileMakerの開発を推進した人であり、その共通言語があったからこそ、私たちの運命の縁が繋がったのです。
彼といかにして中小製造業を救う理想を実現するシステムを作り上げていったのか。開発にかけるコストの壁をどう乗り越えたのか。
次回もぜひ、お付き合いいただければ幸いです。

この記事の監修者

藤井 聡|代表取締役

業務印刷の未来を探求し、中小製造業向けのALL IN ONEクラウドERPやAIO向けLP制作ツールをリリース。2019年に社内の事務職ゼロを達成し、クラウド実践大賞岡山大会で発表。京セラの稲盛和夫氏とゲーム作家の米光一成氏の手法を取り入れた会社の仕組みづくりを推進中。

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