製造業ブログ
公開日:2026.5.28
地方の小さな印刷工場が、『攻守一体のDX』と『社会共生エコシステム』を形にするまでの軌跡【第4回】:【地域の限界を突破】AI検索の壁と『AIコンテンツファクトリー』の誕生

全国の中小製造業の経営者の皆様、いつもお読みいただきありがとうございます。岡山県瀬戸内市で事務印刷や活版印刷などの特殊印刷を営む、フジイ印刷の藤井聡です。
前回の第3回では、BtoBで圧倒的な利益率を誇るキーエンスの営業思想を学び、自社開発の統合基幹システム『PSI VISION』にプロセス管理を組み込んだお話をしました。顧客の潜在ニーズである「開発情報」を引き出し、商談のプロセス間の転換率をデータで可視化することで、組織全体にデータから論理的に考える思考が定着し始めました。
しかし、社内の営業活動の質を高めたとしても、地方の小さな工場である私たちには、どうしても避けて通れない冷酷な現実がありました。それが、人員における「物理的な限界」です。
私たちの特殊印刷技術を必要としてくださるお客様は、東京、大阪をはじめ全国にいらっしゃいます。しかし、当時の当社の営業担当は、私を含めてたったの2人。いくら1件の商談の質を上げても、2人の人間が物理的に移動して訪問できる件数には絶対的な上限があります。足を使って一件ずつ新規開拓を続けるスタイルでは、私たちが目指す「時間当たり付加価値の最大化」は、ある一定のラインで完全に頭打ちになってしまいます。
かといって、固定費である営業担当者を急に何人も増員する余裕はありません。「営業の人数を増やさずに、全国のお客様に私たちの存在を見つけてもらい、向こうから声をかけてもらう仕組み」を構築するしか、道を切り拓く方法はありませんでした。
SEO戦略の成功と、光田氏との二人三脚
この切実な課題を解決するために、私たちはWebを活用した「コンテンツマーケティング」の世界へと足を踏み入れました。最初に取り組んだのは、自社のWebサイトにお客様の悩みを解決するようなコラムやブログ記事を掲載し、検索エンジン経由で集客を図る「SEO(検索エンジン最適化)」戦略です。
この挑戦において、私たちに強力な知見を貸してくださったのが、株式会社レイアップの光田氏でした。Webマーケティングのプロフェッショナルである光田氏の支援を受け、私たちは自社の情報発信の切り口を磨き上げていきました。
私たちが狙うべきは、「印刷」といった大手企業が激しいシェア争いをしているキーワードではなく、「エンボス加工 紙」「箔押し印刷 小ロット」といった、お客様が切実に困って検索するニッチなキーワードです。
光田氏には、SEO対策として集客用のコンテンツ記事を1年間にわたって執筆・運用していただきました。プロの視点でキーワードを選定し、継続的に記事を投下していただいた結果、取り組みは確かな成果となって現れました。Webサイトへの月間アクセス数は8.6倍に急増し、全国からの無料サンプル請求や見積もりの問い合わせ数は300%増という劇的な回復へと繋がったのです。牛窓にいながらにして、全国の質の高いお客様からの引合が舞い込んでくる。ついに私たちは、物理的な限界を突破する集客の入り口を手に入れました。
金子氏と岡山県産業振興財団の支援。発信基盤の完全内製化
SEO記事による集客の仕組みが回り始めた一方で、次なる課題が浮上しました。Webサイトに訪れてくださったお客様を実際の受注に繋げるためには、私たちの製品である「活版印刷」や「箔押し」の魅力、その気品ある輝きや手触りを、画面越しに正確に伝える必要があります。
いくら優れた記事で集客できても、製品の「写真」のクオリティが低ければ、高級感や技術の高さは伝わりません。かといって、更新のたびにプロのカメラマンに依頼していてはコストが掛かりすぎます。
「自分たちの手で、高品質な写真撮影からWebサイトの更新までを完全に内製化できる体制を作らなければならない」
この非常に難易度の高い課題を解決するために、私たちは東京で活躍するクリエイター、In a darkroomの金子氏に協力を仰ぎました。また、この社内体制の構築にあたり、岡山県産業振興財団様の公的支援(専門家派遣制度)を最大限に活用させていただきました。財団様からの強力なバックアップがあったからこそ、思い切った変革に踏み切ることができたのです。
金子氏の直接指導のもと、社員たちは自社のカメラやスマートフォンを使い、紙の繊細な質感や、箔押しの輝きを極限まで引き出す「商品撮影のノウハウ」を徹底的に習得しました。外部の人間には気づかない製品の本当の魅力を、現場の技術を最も理解している社員自身が美しいビジュアルとして切り取れるようになったのです。
さらに、ノーコードツール「STUDIO」を採用し、金子氏と共同で課題解決に特化した「CMS(Webサイトのテンプレート)」を構築しました。これにより、社員自身が撮影した美しい写真とテキストを組み合わせ、社内の誰もがスピーディにプロ並みのWebページを公開できる環境が整いました。
「AI検索の壁」と、一次情報発信のジレンマ
集客基盤と発信体制が整い、順風満帆に見えた私たちの前に、新たな、そして過去最大の脅威が立ちはだかりました。それが、生成AIの爆発的普及に伴う「ゼロクリック検索(AI検索)」の台頭です。
ユーザーが検索した際、GoogleのAIが画面の最上部で直接答えを表示してしまう時代が到来しました。これにより、一般的な情報ではWebサイトをクリックすらしてもらえない事態が起き始めたのです。
検索エンジンだけでなく、AIそのものに「信頼できる情報源」として引用してもらうための戦略へと舵を切る必要がありました。AIが評価するのは、一般的な知識の羅列ではなく「E-E-A-T(経験、専門性、権威性、信頼性)」を満たした情報です。他社には絶対に真似できない、自社だけの「独自の経験」に満ちた生々しい一次情報が、かつてないほど強く求められるようになったのです。
光田氏の支援によるSEO記事で集客の土台はできていました。ここからの次のステップとして、現場の職人しか知り得ない「気温や湿度による印圧の微調整」や「他社で断られた特殊紙への箔押しをどう成功させたか」といった、極めてニッチで専門的な技術コンテンツを、自社の一次情報として継続的に発信していかなければなりません。
しかし、ここで私は深く頭を抱えることになります。「この専門的な技術コンテンツを、一体誰が書くのか?」という問題です。
外注の検討と、無料AI活用で陥った絶望
最初に考えたのは、外部の専門ライターに技術コラムの執筆を依頼することでした。しかし、少し検討しただけで、これが現実的ではないことに気づきました。私たちの扱う活版印刷の世界はあまりにもニッチで専門性が高すぎます。
外部のライターに依頼すれば多大なコストが掛かる上、上がってきた原稿の専門用語や技術的ニュアンスが正確かどうか、結局は社内の人間が付きっきりで事実確認(ファクトチェック)をし、赤字を入れなければなりません。これでは、かえって私たちの工数が増えてしまいます。
「それなら、最近話題の無料生成AI(ChatGPTなど)を使って自分で書けばいいのではないか」
そう考えた私は、無料のAIに「箔押しの定着不良を防ぐコツ」といった指示を入力し、記事の作成を試みました。しかし、これも大きな失敗でした。
出力される文章は一見綺麗ですが、インターネット上の情報を切り貼りしたような薄い一般論ばかり。私たちが本当に伝えたい現場の生々しい技術の凄みは、そこには存在しません。それどころか、専門用語の文脈を誤解し、もっともらしい嘘(ハルシネーション)を出力してくるのです。その間違った記述を自社の名前で公開するわけにはいかず、私が一文字ずつ事実確認をし、結局はほとんどの文章を書き直すという低付加価値なワークスロップに陥りました。時間ばかりが消費されていくこの状況は、まさに「AI疲れ」そのものでした。
外部ライターへの依頼はコストと確認工数が見合わず、無料AIは薄っぺらくて嘘をつく。かといって、現場の職人に「パソコンの前に座ってWeb記事を書いてくれ」と頼むことは、彼らに過酷な負担を強いることになり、私たちの「全従業員の幸福を追求する」という理念に反します。
専門的な一次情報を発信しなければ生き残れないのに、それを言語化する手段がない。私は完全に立ち往生していました。
逆転の発想。「AIコンテンツファクトリー」の誕生
「外部に頼んでもダメ、一般的なAIを使ってもダメ。だったら、自分で書いて自分でチェックするプロセスそのものを、安全なシステムで自動化するしかないのではないか」
ある日、現場の職人と話していたとき、ふと思いつきました。
現場の職人は、パソコンに向かって立派な文章を書く必要はありません。仕事が終わった後の5分から10分、スマートフォンに向かって「今日の仕事でどんな苦労があったか」「どうやってお客様のこだわりを実現したか」を、ただ日報の代わりに録音するだけでいい。
その「生の声」の音声データを、私たちが過去に作成した正確なPDFカタログや仕様書といった「絶対に嘘をつかない自社の一次情報」と一緒に、安全性が完全に保障されたGoogle Workspace環境内の専用AIに投入する。
一般的なAIではなく、自社の専門用語や文脈を深く学習させた専用のAIエンジンであれば、職人の荒削りな言葉の裏にある「専門的な意図」を完璧に汲み取り、ハルシネーションを起こすことなく高品質な文章へと言語化してくれるはずです。
さらに、ただ1つのブログ記事を作るだけではありません。その1つの「現場の声」という核から、AIの力を使って、SEO対応のWeb記事、技術解説コラム、BtoBマッチングサイト(イプロス)用の掲載記事、営業がそのまま使えるPDFのスライド資料、YouTube用の動画台本、SNSの発信文など、「7種類の営業資産」を一括で自動生成してしまうのです。
このアイデアこそが、後に私たちの情報発信を劇的に進化させる『AIコンテンツファクトリー』の原点となりました。私たちは長野の西澤氏をはじめとするパートナーたちと共に、この構想を具体的なシステムへと落とし込む開発に乗り出しました。
現在、このシステムが稼働し始めたことで、営業担当者だけでなく、全社員で煩雑な資料作成や文章の執筆を自動化して情報発信ができるようになりました。現場の職人の生の暗黙知を、「一次情報」として全国のお客様へ発信しつづける体制ができたのです。
AIが業務を代替してくれたことで、私たちは「目の前のお客様との対話」と「全国のお客様のニッチな課題への解決提案」という、人間にしかできない最も価値のある時間に集中できるようになりました。これもすべて、時間付加価値を高め、従業員の待遇を向上させるというブレない目標があったからこそ到達できた場所です。
次回(第5回)は、いよいよ本連載の最終回となります。
この仕組みが自社の成長にとどまらず、福井県のDX福祉施設「nextwel」との出会いを通じて、障害者就労支援という社会課題の解決や、ESG経営のエコシステムへとどのように昇華していったのか。デジタルとアナログの両輪で社会を支え続ける、私たちの未来への展望をお届けします。ぜひ最後までお付き合いください。

この記事の監修者
藤井 聡|代表取締役
業務印刷の未来を探求し、中小製造業向けのALL IN ONEクラウドERPやAIO向けLP制作ツールをリリース。2019年に社内の事務職ゼロを達成し、クラウド実践大賞岡山大会で発表。京セラの稲盛和夫氏とゲーム作家の米光一成氏の手法を取り入れた会社の仕組みづくりを推進中。
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