製造業ブログ

公開日:2026.5.27

地方の小さな印刷工場が、『攻守一体のDX』と『社会共生エコシステム』を形にするまでの軌跡【第3回】:【攻めのDX】「御用聞き」を脱却するプロセス管理とKPI

全国の中小製造業の経営者の皆様、いつもお読みいただきありがとうございます。岡山県瀬戸内市で、事務用印刷や活版印刷などの特殊印刷を営んでいる、フジイ印刷の藤井聡です。
本連載では、私たちがかつての経営危機を乗り越え、いかにしてDXを通じて会社を立て直そうと歩みを進めているのか、その現在進行形のプロセスをありのままにお伝えしています。

前回(第2回)は、長野の凄腕開発者である西澤氏との出会いから、現場の情報を可視化する統合基幹システム『PSI VISION』を共に構築したお話をしました。正確な原価や経費を把握し、全社員が「時間当たり付加価値」をリアルタイムで追跡できるようになったことで、私たちはようやく勘に頼らない「計器飛行」ができるようになりました。これにより、社内の業務効率を高め、無駄なコストを排除する「守りのDX」の土台が完成したのです。

しかし、経営という船は、船底の穴を塞ぎ、現在地が正確に分かるようになっただけでは前には進みません。船を力強く前進させるための強力な「エンジン」、すなわち「売上を継続的かつ安定的に生み出す、攻めの仕組み」がどうしても必要でした。

当時の私たちは、システムで社内の管理体制を少しずつ整えながらも、売上を作ることに関しては「良い技術で良い製品を作っていれば、いつか必ずお客様に選ばれ、自然と売れるはずだ」という、極めて職人気質で甘い幻想を抱いていました。

結果としてどうなったか。いくら精緻な管理体制を整えても、事業の血液である売上自体が安定せず、私が目標に掲げる「時間当たり付加価値の向上」には程遠いという現実に直面したのです。システムという立派な器を作っても、そこに注ぎ込む水が少なければ、従業員に十分な利益を還元することはできません。

この時、私たちには長年培ってきた「モノを作る力」や、システムで「管理する力」はあっても、それを全国のお客様へ適切に届け、確実に受注へと繋げるための「科学的な営業プロセス」が決定的に欠けているのだ、と痛烈に自覚しました。

「御用聞き」から脱却するための、パラダイムシフト

当時の私たちの営業体制は、私を含めてたったの2人でした。その営業手法は、営業担当者個人の経験則とコミュニケーション能力に依存していました。
目標の売上に届かなければ、「もっと訪問件数を増やそう」「今回はこれを提案してみよう」と一般的な営業手法を改善するだけ。これでは、全国から質の高い受注を獲得し、計画的に事業を拡大することなど到底不可能です。

「この属人的な営業スタイルから脱却し、誰が担当しても一定の成果を出せる、科学的で再現性のある仕組みを作らなければならない」

そう決意した私が目を向けたのが、BtoBビジネスにおいて圧倒的な利益率と営業力を誇る「キーエンス」の仕組みでした。幸運なご縁があり、そのキーエンスの開発思想をもとにコンサルティングをされている高杉康成氏から直接指導を仰ぐという、地方の小さな工場にとっては信じられないほど恵まれた機会を得ることになります。

高杉氏が私たちに示してくれたのは、営業が顧客から引き出すべき「情報」に対する、根本的なパラダイムシフトでした。
「営業が顧客から引き出すべき情報は、単なる『受注見込み』ではありません。顧客の行動特性や、現状の課題を裏付ける『開発情報』を集めなければ、真のソリューション営業はできないのです」
高杉氏は、私たちが扱うべき営業情報を、極めて厳格に2つに分けて定義しました。

一つ目は「営業情報」です。これは、いつ買うのか(時期)、何台必要なのか(数量)、いくらで買うのか(価格)、予算は確保されているのか、競合他社はどこか、といった、物品やサービスの売買に直接関連する情報です。

二つ目は「開発情報」です。これは、なぜそれが必要なのか(理由)、今はどうやって処理しているのか(現状方法)、なぜ現状のやり方ではダメなのか(課題)、そしてその課題がどの程度の頻度で発生しているのか(頻度)といった、顧客の行動特性や現状のリアルな実態に迫る情報です。

これまでの自分たちの営業活動を振り返り、私は恥じ入る思いでした。訪問のたびに「次回の案件はいつ決まりそうですか?」「ご予算は確保できましたでしょうか?」といった、表面的な「営業情報」ばかりを確認していたからです。これでは、お客様から「ちょうど安く印刷してくれるところを探していたんだ」と言われれば価格競争に巻き込まれる、単なる「御用聞き」に過ぎません。

ソリューション営業の本質は、顧客自身もまだ明確に気づいていない潜在的なニーズや、現状の業務フローに潜むロスを言語化し、自社の製品や技術がその解決策としてどれだけ寄与できるかを、客観的かつ論理的に提示することにあります。買い手と売り手の間に存在する「情報ギャップ」を埋めることこそが、お客様から選ばれ続ける企業の絶対条件なのです。

行動のボトルネックを炙り出す「転換率のKPI」導入

このソリューション営業を名実ともに私たちの仕組みとして定着させるため、高杉氏との対話の中で浮き彫りになったのが、「結果」ではなく「プロセス」を管理するという思想でした。
多くの企業では、営業の評価を「今月の売上金額」や「受注件数」といった最終的な結果だけで行いがちです。しかし、高杉氏は「それでは手遅れなのです」と仰いました。最終的な受注に至るまでには、必ずいくつかのステップが存在します。そのステップとステップの間に存在する「転換率」こそが、営業の健康状態を表す最も重要な指標(KPI)なのです。

そこで私たちは、営業活動を以下の8つの明確な目的に分類しました。
「アポ取り」「対面PR」「対面打合せ」「非対面PR」「非対面打合せ」「定期訪問」「納品受取」「クレーム対応」
そして、『PSI VISION』のシステム内にKPI管理の集計表を実装し、それぞれのプロセスから次のプロセスへ、どれだけの割合でお客様が進んでくれたのかという「転換率」を可視化することにしたのです。
たとえば、システム上では以下のような指標が自動計算されます。

  • 引合発生率(引合発生数 ÷ 活動実績数)

  • 商談発生率(見書提示などの商談数 ÷ 引合発生数)

  • 商談受注率(受注数 ÷ 商談発生数)

  • アポ活動率(アポあり活動数 ÷ 活動実績数)

この転換率のKPIを導入したことで、自分たちの営業活動に潜む「本当のボトルネック」がデータとして浮き彫りになります。
ある担当者は「対面PR(自社の紹介)」の件数は非常に多いものの、そこから具体的な「対面打合せ(商談)」へと移行する転換率が低いかもしれない。その場合、訪問件数を褒めるのではなく、「PRの際に、お客様の現状の課題を引き出すヒアリングが不足しているのではないか」という仮説が立ちます。逆に、訪問件数は少なくても、一度引合になれば高い確率で受注に至る(商談受注率が高い)担当者もいます。
気合いや個人の能力のせいにすることなく、「どのプロセスの転換率に課題があるのか」をシステム上で明確に特定できるようになったこと。これこそが、私たちが手に入れた科学的な営業の第一歩でした。

入力負担を極限まで減らす。スケジュール日報と一体化したデータ収集

しかし、このような精密なプロセス管理やKPIを現場に導入しようとすると、必ず大きな壁にぶつかります。それは、現場の営業担当者への「入力負担」という問題です。

ただでさえ日々の業務に追われている営業マンに対して、「今日から毎日、この詳細なシートに顧客の開発情報を細かく入力し、転換率を計算するためのデータを登録してください」と命じれば、現場が疲弊し、猛反発を招くのは確実です。やがて入力が適当になり、システムは形骸化していきます。私たちが目指すのは「全従業員の幸福」であり、無駄な入力作業で彼らを苦しめることではありません。

必要なのは、管理のための複雑な入力作業を増やすことではなく、日々の自然な業務フローの中で、意識せずに質の高いデータが蓄積されていく仕組みです。
そこで私たちは、『PSI VISION』において、営業担当者の入力負担を極限まで減らしたプロセス管理機能を実装しました。その核心となるのが、「ニーズ管理」と「スケジュール(活動実績)」の完全な一体化です。

通常、自身のスケジュールツールに予定を入れ、帰社後に別システムを開いて日報を入力し、さらに案件管理システムにニーズを登録する、といった二度手間を強いられます。私たちはこれらを一つの画面に統合しました。
営業担当者はカレンダー上で活動実績を入力する際、「対面・非対面」のチェックや「施策(ニーズ収集など)」を選択します。そして同じ画面の下部にある「ニーズ・仮説」の項目に、「課題」「現状方法」「頻度」をメモするように記録するだけです。

別々のシートを開いて転記する必要は一切ありません。日々のスケジュール管理と実績登録という当たり前の業務の延長線上で、自然と顧客の深いニーズ(開発情報)がシステムに集約され、先ほどのKPI集計表へとデータが自動的に流れていくのです。現場のメンバーは事務作業から解放され、「目の前のお客様との対話」に集中できる環境を作ることができました。

蓄積したデータと、生成AIが切り拓く未来

読者の皆様に、ここで正直にお伝えしなければならないことがあります。
このように『PSI VISION』の中にソリューション営業の思想を組み込み、一体化したデータ収集と転換率のKPIを導入したからといって、翌朝目覚めたら売上が倍増したわけではありません。

実際、この蓄積されたデータを基にした営業会議が、現時点で目覚ましい効果を上げて会社を引っ張っているかと言えば、まだそこまでには至っていません。長年染み付いてきた営業スタイルを根本から変え、全員がプロのソリューション営業として完璧に動けるようになるには、時間が必要です。
今はまだ、日々の活動の中から「課題」「現状方法」といった事実データを、システム内にひたすら蓄積している段階です。

しかし、このデータの蓄積こそが、私たちの次なる大きな一手への布石となります。私たちは、この溜まり続ける膨大な営業データや顧客のニーズ情報を、人間が一つひとつ目で見て分析するのではなく、これからは「生成AI」に分析させようと計画しているのです。

現場のリアルな課題や転換率のデータがシステムに揃っていれば、AIがそれを読み解き、「このパターンの課題を持つ顧客には、この提案アプローチが最も受注率が高い」といったインサイトを自動で提示してくれる日が必ず来ます。さらに現場のニーズ情報は商品開発にも活かせるはずです。そのための強固なデータ基盤が、今まさに完成しつつあるのです。

次なる巨大な壁と、私たちの挑戦

今、私たちは現場のデータを集め、商談の質を高める準備が整いつつあります。しかし私たちには、これから乗り越えなければならない「次なる巨大な壁」があります。
それは、人員の「物理的な限界」です。

どんなに商談プロセスが改善され、転換率を高めるアプローチが分かってきたとしても、その入り口となる「引合(リード)の数」自体が少なければ、最終的な売上を大きく伸ばすことはできません。地方の小さな工場である私たちの営業担当は、私を含めてたったの2人です。私たちが足を使って物理的に開拓できる件数には、人間の身体という絶対的な限界があります。

「営業の人数をこれ以上増やさずに、全国から自動的に質の高い引合を集める仕組みを作らなければ、これ以上の付加価値の向上は絶対に望めない」
これが、私たちがこれから挑む最大の課題であり、現在進行形の取り組みです。現場の職人が持つ優れた技術やノウハウを、いかにしてデジタル上の「信頼の資産」へと変換し、全国のお客様に届けるのか。

この地方の中小製造業にとって難しい問いが、私たちをWebを活用した「コンテンツマーケティング」、そして「AI(人工知能)」の活用という、全く未知の領域へと力強く導いていくことになります。

次回(第4回)は、この物理的限界を突破するために私たちが現在進行形で挑んでいる、「AIコンテンツファクトリー」の誕生と、その過程で直面した新たな葛藤、そしてその先の展望についてお話しします。地方の小さな印刷工場が、時代の荒波に翻弄されながらも、いかにしてデジタルの武器を手にしようとしているのか。引き続き、私たちの挑戦にお付き合いいただければ幸いです。

この記事の監修者

藤井 聡|代表取締役

業務印刷の未来を探求し、中小製造業向けのALL IN ONEクラウドERPやAIO向けLP制作ツールをリリース。2019年に社内の事務職ゼロを達成し、クラウド実践大賞岡山大会で発表。京セラの稲盛和夫氏とゲーム作家の米光一成氏の手法を取り入れた会社の仕組みづくりを推進中。

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